スピリチュアルは現実的だ!

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ビジネスマンをやっている頃
「江原」という苗字からか
ちょっと陰口ってわけじゃないだけど
若手社員には「すぴりちゅある」なんて
ミドルネーム的なものをつけられていたみたいだったけど。



当時そうやって「すぴりちゅある」って言う側の立場からすれば
「スピリチュアル」に対して地に足がついていないような
現実離れ(浮世離れ)しているような
ちょっと馬鹿にするようなニュアンスが
そこに含まれているところが感じられたものです。



かくいう私も
もともと反骨精神の塊のような人間だったから
宗教やそういたスピリチュアリティに対して
同じような感覚があったような気がします。



ただ、サラリーマンをやめて
結局今のような仕事をするようになって想うのは、
携わることによってもっとより現実的な感覚があるんだなぁと
実感しているということです。



今日はなんで地に足が着いた現実感をスピリチュアリティに抱いているのか
についてお話したいと思います。




欲望・執着・エゴ…。



これらは悪いことのようなニュアンスが感じられます。

でも本当のスピリチュアリティ(本質)を捉えるとしたら
そこにも非二元論の光と影の相補性があることに気づきます。




たとえば何かに執着したり欲しいものがあったとします。

その執着しているものや欲しいものの表面的なところをとらえれば
そんなもの持っていない方がいいと感じられるかもしれません。



ただそれを持つことによって本当は何を手に入れたいのか?
そういった問いを重ねていくと最終的に欲しい物事へとたどり着いていくはずです。



たとえば、お金が欲しいとします。
そこで

お金を持つことで何を手にすることができますか?

という問いかけをしてみましょう。


そして、そういう問いに対して


いい車をもったり
いい家に住むことができます。
と答えたとします。




ではいい車やいい家に住むことで
あなたは何を手にしたり実感することができますか?




う~ん。今はそうではないから想像しずらいけど
すごくほっとするような安心感があるような気がする。


なるほど

じゃあその安心感を抱くことで
あなたは何を得ることができますか?




う~ん。安心してリラックスしている…。
う~ん。なんか自分らしさというか?
ありのままを満喫しているような感じがしている…。



ほ~ぉぉぉ。

自分らしさやありのままですかぁ。



じゃあ、その自分らしさやありのままでいるなら
あなたはそのときどうなっていますか?




う~ん。なんか自分が価値があるような感覚というか
たぶん周りのひとのためになにかしているような感じがしている。
うん。ひとのためになにかしていると思う…。



という具合に表面的な想いを肯定的に深堀りしていくとニュアンスが拡がっていきます。



じゃあ、何かに執着しているとき
それを守るためにひとは怒ったり闘ったりするわけですが、

怒るということについても同じように
光と影の相補性をみていくとすると…。


○○に対して怒りを感じているということですが、
それをやめることができたら?なんていう悩みがあるということですね?

じゃあその怒りについてもう少し向き合ってみましょう。

あなたは怒ることで本当はどうしてほしいと思っていたのですか?
どうあるべきだと思っていたのですか?



もっと私を尊重して思いやりを向けてほしかった…。



なるほど尊重して思いやりを向けてほしかった…。

それではその尊重されて思いやりを向けられることで
あなたは何を感じたかったのですか?



そのことでその人の愛を感じたかった…。


そのひとの愛を感じたかった…。
それでは愛を感じられることで
あなたは何を手にすることができますか?



う~ん。とても安心しているような感じがしている…。


なるほど安心している…。
じゃあその安心感を抱くことで
あなたは何を得ることができますか?


ん?どこかで同じ質問しましたよね?(^-^)


と言う具合に表面的にはやめたいという感情も肯定的に深堀していくとニュアンスが拡がり本質的な想いにつながっていきます。


じゃあ、今後は「エゴ」や「嫉妬」や「復讐心」についてみてみましょう。


あなたは○○に仕返しをしてやりたいと思っているということですが、
その仕返しをすることでどんな気持ちになりますか?
その仕返しさえできたなら…?


う~ん。せいせいして気分が晴れて活力が湧いているはずです。


なるほど気分が晴れて活力が湧いてくる。

じゃあすごく気分が晴れて活力に満ち溢れている状態になったとしたら
あなたは何を手にしていますか?


なんか好きなことを思う存分やっていると思う。

なるほど、好きなことを思う存分にやっている…。
では好きなことを思う存分できているとき
あなたは何を手にしていますか?


自由かな?

なるほど自由ですね。
じゃあ自由を手にしているとき
あなたは何を得ていますか?
どういう状態になっていますか?



安心してあるがままに…。
ん?これと似たようなこと前に言ってましたよね?


このようにすべての感情、想いには
表面的に解ることの裏側に
まるで「玉ねぎの皮」のような層があることに気づけます。

私たちは目に見える表面の茶色い皮だけを観て
物事を評価・判断してしまいがちです。



ただ、本当のスピリチュアリティはもっと現実的で
地に足がついていてその本質や真理を深堀りし追及するという側面があります。



私が今いるスピリチュアルの立場は
もっとこのようにリアリティがあるスピリチュアル。



このことは科学的に観ても同じです。



たとえばAさんとBさん。
またはAさんとAさんが座っている椅子でもいい。



たとえばAさんに違づいていくと
Aさんの肌の細やかさなどが見えてきます。



そしてさらにAさんに顕微鏡などを使って近づくと
皮膚組織や細胞が見えてきます。



そしてさらに近づくと
細胞を構成している分子が見えて来ます。



さらにその分子を観てみると
それを構成している原子や量子が観えてきて



さらに近づくと粒子と波の二面性が観えてきて

さらに近づくと広大な空間・スペースがそこにある。
(そこには何もない・ゼロになる)


これと同じようにBさんに近づいていけば結果は同じですし、

椅子に近づいていっても同じです。



このように感情や想いもたどり着くところは同じになり
人や物質においても深く深く掘り下げていけば
たどり着くところは同じになる。
それがワンネス。


これが私が感じているスピリチュアルの側面で
今の私の立ち位置も現実的には
このあたりなのかなと感じています。

2014年04月10日