大坂なおみ選手から学ぶマインドフルネス

日の大坂なおみ選手が全豪オープンを制覇した試合で

海外のメディアもメンタル面の強さについて
「禅の心」をもっていると評価している
なんて取りざたされていました。
 
 
あの試合の彼女の感情コントロールについて
あまりにも見事だったので
心理学的なアプローチは、
きっと多くの専門家が行っていることでしょう。
 
 
なので、ここでは
それとはちょっと違った側面から観てみたら
彼女から何を学ぶことができるのでしょうか?
という感じで取り上げてみたいと思います。
 
 

2セット目の9ゲーム目。
大坂なおみ選手は5/3で2ゲーム先取していて
0:40とトリプルチャンピョンシップポイント
といった状況。
 
 
後のインタビューで彼女は
 
「マッチポイントで気が散ってしまった。勝つ前に勝ってしまったと思ってしまった」
 
というように第2セットで1度掴みかけた勝利を逆転されセットを奪われてしまいました。
 
 

その後、トイレットブレイクで
 
「私は世界で1番強い人と戦っていると考えました」
 
クビトバへの敬意の念を思い起こすことで気持ちを切り替えたといいます。
 
 

第3セットでは感情を表に出さないようにし、流れを取り戻したとのことなので、
 
多くのところでこの感情のコントロールが注目され取り上げられています。
 

なので、その方面はそちらにお任せすることにして
感情のコントロールそのものにフォーカスするのではなく
なぜ安定した気持ちになりやすい内面の環境をつくることができたのか?
 
そういったことについて
彼女からどんなことが学べるかなぁ~
なんてことを取り上げてみたいと思います。
 
 
 
インタビューにもあるとおり
勝つと思った時、多くの場合人は「自分」に囚われてしまいます。
 

勝利というのは
何かが「獲得」でき「所有」できるという感覚を含んでいますよね?

でもそれは執着を生んでしまうという側面もあります。
 
この執着があるからこそ頑張れるものでもありますが、
 
同時に何かを失うことに対する恐怖も湧いてきます。
 
 
 
そういった執着や怖れは余計な葛藤を生んで、私たちを「今この瞬間」から遠ざけてしまうことも少なくありません。
 
 
例えば、
 
「この先どうなるのだろう」
 
という怖れや

「あの時何でこうしてしまったんだろう」
 
という後悔
 
といった「未来」「過去」に囚われ、
 
意識(注意力)やエネルギーがそちらに削がれてしまう。
 
このようにして、「囚われた」その瞬間から人は自分の持っている能力に制限がかかってしまうものです。
 
 

でももし、
 
万象皆師というか
 
謙虚さというか
 
全てのことが自分を学ばせてくれるという感覚があったとしたなら
 
自分にとって欠かせない情報が目の前で展開されているという気持ちなって
 
今、起こっていることに注意を払うことができるし集中もできることでしょう。
 
 
 

逆に敬意が足りないときというのは
 
多くの場合、誰からも学ぶことは何もないという感覚といってもいいかもしれません。
 
もしそうなら物事の真相や意図を垣間見ることもできなくなります。
 
 

さらに敬意がないときほど
 
自分を取り巻く環境が
 
問題だらけになってしまうということに気づけることもあります。(なんでも問題視してしまう)
 
 

そんな意識状態のときは
いつも自分、自分となっているはずです。
 

しかし、敬意を払うとき、
その「自分」がしゃしゃり出てくることを抑えてくれるはずです。
 
 
謙遜ってある意味、弱気だったり自分を低くしてしまう側面もあるかもしれないけど。
 
 
一方では、謙遜がここでいうところの敬意というものとして現れたなら
「自分」(が執着していること)から解放してくれる可能性があります。
 
 
 
全てに敬意を払うこと。
 
それができたなら、今何が起こっているか
今までよりはるかに注意を払うことができるようになっているのではないでしょうか?
 
 

もし感情に振り回されてしまう傾向があって
なかなかコントロールできないというのなら
 
自分のハートに、
 
すべての存在に対するリスペクトするような
 
エッセンスがあるかどうか?
 
自分にとって
リスペクトと感情との間に
何らかの相関関係があるだろうか?
 
 
すべてがそうだとは決して言えませんが、
 
そういった問いかけをしてみると
大坂なおみ選手の快挙から
今までとは違った何か大切なものを受け取ることが
できるかもしれない。
 
そう思います。

2019年03月24日